30代女子の詰め込みすぎ旅行記録

マニアックな旅行好きの、ハードめな旅程記録ブログです。

中央アジアざっくり周遊2週間 ⑭ボコンバエボからブラナの塔経由でビシュケクへ向かった地獄の日

 

ブラナの塔と石人

 

 

イシク=クル南岸の朝

昨日の夜は何度か外に出てみたものの、残念ながら星は見えず。

 

朝は日が昇るくらいに目が覚めたので、1人で散歩に出かけました。

 

ゲストハウスの東の湖岸には行きましたが、「西側にも湖に抜ける道があるよ」と昨日聞いたので、今朝は西側へ。

じゃりじゃりした場所の先に湖は見えるも、湖に向かう道は見つからず。

 

『まぁ湖は別にいいか。適当に散歩しよう』と思い直した私は、周辺散策に出ました。

 

道なりにすこし登ったところから見る朝焼けの湖や天山山脈はとても綺麗です。

最終日にいいものが見られたなぁと思いながらゲストハウスに戻りました。

 

 

Ailuuでの朝食 ロシア旅行者について思うこと

ゲストハウスの朝食は8時半からとのことで、

前日に朝9時にボコンバエボ着のタクシーをお願いしていたので、

早めに朝食会場へ。

 

薄いパンケーキと、食パンと、揚げた食パンに、

目玉焼きとハムとチーズとヨーグルト、

というコンビの朝ごはん。

パンが多すぎてひいひい言いながら口をもそもそさせながら食べていると、

ロシア人の女の子が朝食に合流しました。

 

彼女はとても流暢な英語を話し、私と彼女の旅行について話をしてくれました。

 

何を話そうかなーと思った私は、

「昨日の夕食は、私とオランダ人のカップルだけだったけど、他に1席あまっていたんだよね。ひょっとして、あなたも夕食を食べる予定だったの?食べられた?」

と尋ねてみました。

「うん、ここにはオランダ人の2人がいるよね。夕食も食べる予定だったんだけど、湖を見に行ってぼーっとしていたらすごく時間が経っていて、気付いたら夕食の時間を過ぎちゃってて」

とのこと。

 

私が興味から「どうしてキルギスを選んだの?」と尋ねると、

彼女は困った顔で一瞬黙り

「それは、難しい質問だよ。私にとってはね。」と前置きをしつつ、

「昔一回キルギスに来たことがあって、この自然がとても好ましいなと思ったからかなぁ」と答えてくれました。

 

・・・ロシア人の彼女にとって、今の世界で安全にゆっくりと旅行出来る場所はかなり少ないのかもしれません。

 

キルギスは欧米の観光客が多いので、彼女は遠慮しながら旅をしているのかも。

ひょっとすると、昨日の夕食もオランダ人の2人に遠慮して行くのをやめたのだろうか。

そんなことを彼女の表情の陰りや会話の間から感じました。

 

彼女はとてもいい子だなと思ったし、他にも色々と話をしてキルギスへのリスペクトも感じました。

『この旅が彼女にとって少しはいいものになって、癒しになればいいのだけれど』、

と思う朝のひと時となりました。

 

 

 

トン村からボコンバエボへ(タクシー)

さて、朝食を食べたので、9時にお願いしていたタクシーを・・・とゲストハウスのお母さん(英語はわからない)に尋ねると、

「え、ちょっと待って、娘(英語が話せる)を起こすから」

というジェスチャーをされました。

 

『あれ、娘、まだ寝てるの?この感じ、多分タクシー呼んでくれてないな。

いや、私、CBT(ボコンバエボの観光案内所)の人と朝9時のマルシュートカに乗るって約束してて、今もう8時50分近いんですけど』

と、色々なことが頭を駆け巡りました。

 

そして、9時になり、起きてきた娘。何も失敗してないよ、という平然とした顔です。

「ボコンバエボまでのタクシーでいいの?」と昨日と同じことを尋ねられたので、ちょっとムッとしながら「そう。昨日お願いしたやつ。」と答えました。

全然来ないタクシーを待ち続けて30分。

 

急に、ゲストハウスに停めてあった車に私を誘導し、

なぜかゲストハウスの子(幼稚園くらい)と一緒にお母さんの運転する車に乗ることに。

 

「タクシー代は300ソムで、お母さんに払ってね。

うちのゲストハウス、まだ始めたばっかりだから高評価が欲しいの。絶対星5つにしてね!

と言い残し、娘は去っていきます。

 

『タクシーの手配が遅い時点で星5はつけたくないけど』と思いつつ、私は言われた通りに星5を付けました。

まぁ、コスパは良かったので良しとしよう。。

 

ウズベキスタンのIHでも、アルスランバブでもここでも、予約サイトの評価について「星5をつけてね!」とぐいぐい来ますね。

多くの日本人が圧しに弱いことを知っているのかもしれません。

 

 

ボコンバエボでの揉め事

さて、車は20分ほどでボコンバエボに到着。

予定より1時間遅い10時前です。

 

さて、CBTに向かおうか、と荷物をトランクから降ろそうとすると、

なぜかお母さんが私の荷物を抱え、近くに停まっていたミニバンに乗せ換えようとしてきます

 

「え、何?!私CBTに行くんだけど!」

と焦って日本語で話しかけ、必死に抵抗していると、

ミニバンの運転手が登場。

さらに近くに停まっていたビシュケク行きのマルシュートカの運転手まで加わり、

どちらが私を乗せるかで揉め始めました。

 

「まだどっちにも乗らないって!何なの?!」

と混乱しつつ強めに訴え、

どうにか私の荷物を取り返しました

 

するとお母さんが

「マルシュートカ400ソム、タクシー(ミニバン)300ソム。タクシー、安い。タクシー、私の父。」

と片言の英語で私に訴えかけてきました。

わけのわからない展開です。

普通に考えて、タクシーがマルシュートカより安いわけない

 

「とにかく、今からCBTに行く。私はCBTの人に渡したいものがある。」

と翻訳アプリでキルギス語に変換して見せ、

ついてきたお母さんと一緒にCBTに向かうことに。

 

ボコンバエボのCBTで

場をやり過ごすために適当に「渡したいものがある」とデマを述べてしまったものの、

それを聞いていたお母さんがついてきています

何かないか鞄をあさり、発見したハイチューを渡すことにしました

 

どうにか無事にCBTに辿り着き、

ハイチューを、

「日本のお菓子です、お世話になったお礼に。これはソフトキャンディー(って言ってわかるかな?と思いつつ)です。」

と渡しました。

 

ここからが本題です。

「私はマルシュートカでトクマクに行きたい。

だけど、彼女が私をタクシーに乗せようとするんです。

彼女は私の泊まっていたゲストハウスのホストです。タクシーの運転手が彼女のお父さんみたいなのですが、何を言っているかさっぱりで。」

と助けを求めました。

 

それを受け、彼女とキルギス語で会話をし始めるスタッフの人。

なぜか彼女もすごく必死そう。なぜ。。

そしてCBTスタッフの人は私に状況を説明してくれました。

 

 ・彼女のお父さんがタクシー運転手をしている。ビシュケクまで往復することもある。

 ・今日はそのお父さんのタクシーでトクマクまであなたを連れて行くことができる。

 ・ビシュケクまでの運賃で言えば、マルシュートカだと400ソム。だけど、お父さんのタクシーに乗れば、トン村からボコンバエボまでのタクシー代を含めてトクマクまで300ソムでいい、と彼女は言っている。

 

「これはラッキーですよ。この金額でトン村からトクマクまで行けることはないし、タクシーだと楽です。いい提案だと思いますよ。彼女はこの地域の人で、そのお父さんなら安心できる。いいと思います。」

とCBTの人は笑顔で教えてくれました。

 

CBTの人が言うならそうなのかな、と思った私は、彼女の提案に乗ることに。

あまりに私が不安げな顔をしていたのか、スタッフの人はWhat'sAppの連絡先を私に渡してくれました。

 

これが、私の地獄のドライブの始まりでした。

 

彼女は私をお父さんのタクシーに乗せ、私のお土産たっぷりの荷物は後部座席へ。

「300ソムは私に払ってね」

と言うので彼女にトクマクまでの運賃も含めた(という話だった)300ソムを支払い、別れました。

 

威圧的だった彼女のお父さんであるタクシー運転手に不信感があった私は、

念のために彼女のお父さん(ここから運転手さんと呼びます)に尋ねてみました。

翻訳アプリで。

「私は、彼女にトクマクまでのタクシー代の300ソムを支払いました。私はあなたには何も支払わないですが、大丈夫ですよね?」

と。

すると、返ってきた返事は、想定通りというかなんというか

「あなたは私に400ソム支払えばいいよ」

という、先ほどCBTで聞いたのと全く違う話です。

 

うわ、でた。半分詐欺じゃん。

400ソムって、ビシュケクまでなら同じだけど、トクマクまでならマルシュートカの方が安いし!

 

荷物は既に扉を閉められた後部座席に誘拐されています。

あの荷物なしに日本には帰れない。

私はあきらめました。

この時は思っていたのです。「どうせトクマクまでの3時間弱だから」と。

 

 

ボコンバエボから・・・トクマクに行くつもりだったのに(タクシー?)

10時頃、タクシー(?)はボコンバエボを出発。

キルギス運転手あるあるのクレイジーな運転(と昨日の夕食でオランダ人カップルが言っていた)です。

 

しかも10分おきくらいにタバコをふかし、出発から30分で既に私の服も頭もタバコ臭くてたまらなくなりました。

今日から2日間は空港で過ごすから洗えないのに。最悪です。

しかも喘息持ちなのに、勘弁してほしい。

 

さらに運転手は私に、↑この、自宅から持ってきて飲みかけっぽい飲み物を無理やり飲ませてきました。

「いらない」→「飲め」→(のんだふり)→「ちゃんと飲め!」→半泣きで一口飲む

という最悪の展開です。吐きそうでした。

ヤクザってこんな感じなのかな、という圧でした。怖い。

 

ショロ?という名の地元の発酵ジュースのようです。

発砲しておらず、苦みがないビールみたいな味です。さらに麦のつぶが残っていてザラザラした後味。

 

車のボンネットでタバコの煙にいぶされた巨大キャラメルを運転手が手でちぎり、

私に渡してきます。

「ありがとう・・・」と言って、こっそりしまおうとすると、

また「食べろ!」と圧が。

タバコ味のめっちゃ体に悪そうなキャラメルでした。

この日、このキャラメルの配布が10回くらいありました。

 

彼なりのホスピタリティなんだと思うのですが、

私にとっては地獄のような時間が続きました(笑)

 

 

出発してから1時間弱、道端の人を急に拾いました。

おばちゃんとお兄さん2人の計3人です。

どうやら私を運ぶトクマクへの道すがら、タクシー業も継続して行う様子。

運転手は私を指さしながら

「この子はヤパーニャなんだ!ビシュケクまで行くっていうから連れて行ってやってるんだぜ!」

みたいなことを言っている感じです。ヤパーニャとかビシュケクという言葉が出てきました。

 

・・・ビシュケク

いや、ビシュケクは、お願いしてないけど。トクマクだけど。

私は不安に駆られました

 

そしておばさまたちは、イシク=クル湖西端の町バルイクチで降りて行きました。

 



また2人きりになる車内。

運転手は私に「お前のスマホの翻訳アプリを出せ」というジェスチャーをしてきます。

私はここから、翻訳したい熱が高まったらしい運転手に、私のスマホ完全に奪われました

 

ずっと彼の家族の話や、湖の近くに大きな土地を持っているのでそれを売って日本に行くという話をしています。

 

手元にスマホがないので何も撮影できません。

気になるものがあっても調べられません。

誰にも、助けを求められません。

 

どんどん怖くなりました。

しかも、右手にはイシク=クル湖がずっと見えています。おかしい。

だって、バルイクチから先はイシク=クル湖から離れるはず。

しかももう3時間近く走っているのでトクマクについていてもいいはずです。

 

一瞬ネットが切れたすきに私はスマホを取り戻し、現在地を調べました。

すると、危惧していた通り、私はイシク=クル湖の北に来ていました。

 

な・・・なぜ!!!!

 

怖くなり、

翻訳時に大声で話しかけるので運転手のつばにまみれずっと翻訳アプリを起動しているので電源が30%くらいになってきた私のスマホを握りしめ、

「どこに向かっていますか?」

と尋ねました。

すると、先ほどからずっと「翻訳がまともにできていないな」と思っていましたが、案の定おかしな返事の翻訳が返ってきます。

「ホット場所、綺麗です。私の兄弟。行きます、あなたと。」

・・・怖い!!!

 

わけがわかりません。

何を聞いてもわけのわからない返事が返ってくる。

何度も何度も、

「翻訳がおかしくて、私にはあなたが何を言っているのかわかりません。私はトクマクに行きたいのです。」

と訴えているのに、ニヤニヤしてまた変な返事を返し、そのままずっと湖の東に向かって走り続けています。

 

とうとう、12時になりました。

すると突然運転手はある店の前で車を停めました。

後部座席に積んでいた段ボールを下ろし、店の人と話をしています。

 

また翻訳アプリを出せ、というので貸すと、「ここは私の兄弟。熱い水。商売している。」と返事が。

また微妙に怖い翻訳です。熱い場所とか熱い水ってなんだよ、さっきから。。

 

まぁ、ついでに(という距離ではないが)荷物を届けに来ただけかな?

ここからトクマクに向かうでしょ、と思ったのに、

まだ東に進みます。そこからまた1時間たちました。

 

また、店の前で止まります。

そして荷物を降ろしていきます。

 

私はさらに不安に駆られました。

『このまま湖を一周して、トン村に帰っちゃうんじゃないの?

訳の分からない親切で、私をイシク=クル一周させてあげて、明日帰ればいいじゃんとでも思ってるんじゃないの?!』

と怖くて仕方ありません。

 

そしてふと気づきました。

イシク=クルは「熱い湖」という意味なので、さっきから出てきている怖い翻訳の「熱い水」はイシク=クルと言っているのではないか。と。

え、私、やっぱり一周させられるのかな。

 

この時点でもう13時です。

予定通りなら、

ブラナの塔の見学も終わり、トクマクでビシュケクに向かうマルシュートカを探している時間なのに。。

 

さらにどんどん湖の東へ。

すると突然、店の前で車を停め、「降りろ!ついてこい」とジェスチャーをしてきました。

『売り払われるんだろうか』と一瞬走馬灯がよぎりそうになりました。

そこから店を通り過ぎ、なぜか民家の玄関を入っていきます。

「この子はヤパーニャだ!」

と、見知らぬ家族に紹介されました。

 

そして、そのままなぜか、昼食を頂くことに。

というか、机の上にあったご家族食べかけのパンと、食べかけのジャム、呑みかけのお茶を、

「食べろ!飲め!」

と言われました。

しかも運転手に呑みかけのお茶にジャムをたっぷり入れられ、「これがキルギス流だ!飲め!」と圧をかけられました。

私は果物アレルギーなので極力ジャムは食べないようにしていて、大量に口に入れると恐怖から吐きそうになるのですが、

ご家族の手前、必死に我慢し、必死に飲みました

嘘をついて「フクースナ、ダームドゥ」と現地語の「美味しい」を言いましたが、胃や精神は瀕死です。

 

冷静に考えたら翻訳アプリで説明して避ければよかったのに、

精神が極限の恐怖状態にあり、飲んでしまいました。

一応何事もなく終わったので良かったのですが、絶対にやってはいけないやつでした。

 

謎の家庭で食事を頂き、家を出て、

流石の私も、

このままだと本当に死ぬかも、と思いました。

 

スマホキルギスSIM(電話番号無し)が入っているため日本の番号が使えずにWhat'sAppにログインできず、

CBTの人に助けを求められずにいたことを猛省し、

LINEで日本の家族を頼り、日本の家族の電話番号でWhat'sAppにログインしました。

 

CBTの人に連絡をとり、

「今、チョルポン=アタの近くに居ます。朝のタクシーの運転手が私をここまで連れてきました。トクマクから反対方向です。どうしてこうなったのかわかりません。助けてください。」

とメッセージを送りました。

 

すると、5分ほどで返事が!

「なぜ、あなたはそこにいるのですか?」

という困惑した返信メッセージと共に、

CBTのスタッフからの通話着信が。

 

神です。私の救いの神が現れました。

 

丁度運転手は車をとめ、何かを地元↑の店に人に尋ねていました。

 

CBTの人に「私もまったく意味がわかりません。今14時近いですよね、私は今日中にビシュケクに辿り着けますか?」と話し、

CBTの人が「私が話を聞いてみて、あなたの事情もしっかり伝えるから」と言ってくれたので運転手と電話を代わりました。

 

そして運転手から私に電話が戻ってきました。

「彼はただ、あなたに景色のいい場所を見せたかっただけのようです。そのあたりが目的地のようなので、もうすぐトクマクに向かうでしょう。

時間としては、まだ今から向かってもブラナの塔も見られるはずですし、ビシュケクにも20時かそこらには着けるでしょう。安心してください。

また何か不安があれば連絡してください。大丈夫ですから。」

と、CBTスタッフの方は超ジェントルな感じで対応してくれました。

 

とはいえ私の不安はぬぐえません。

そもそもビシュケクには15時頃着いている予定だったのに、トクマクにも行けていない状態でもう14時

朝は、このタバコ臭いのも3時間我慢すれば終わる、と信じて乗り込んだのに。もう5時間。

ここからトクマクまで3時間、計8時間もタバコに全身を蒸され続けるわけです。

しかも、とにかくこの運転手は圧が強く、怖い。

 

 

チョルポン=アタのイシク=クル湖畔

そして、14時過ぎ、

とうとう、湖の北のリゾート地、チョルポン=アタに期せずして辿り着きました。

運転手が見せたかったのは↑この風景らしい。

 

ここの入口にある料金所では、

運転手は私を指さしながら、

「ヤパーニャにここを見せに来たんだ。ヤパーニャだぞ!ヤパーニャのためにタダで入れろ!!」

と絶対に言っています。ヤパーニャを連呼しまくっていました。

料金所の男性も困惑顔でこちらを見ながら、しぶしぶ無料で門を開けました。

 

最悪です。やはりヤクザでした。

日本人の名誉を棄損しないように必死に私は「支払うから!」とお金を出すも、

「いいんだ、無料で入れてくれるんだから!」という訳の分からない理屈で運転手は私のお金を押し戻しました。

 

折角の綺麗な湖も運転手の暴虐の余韻で全く楽しめません。

『早くトクマクに行ってくれ、頼むから』

と湖に願いました。

 

2時間も余計に時間をかけてチョルポン=アタまでやってきて、

イシク=クル湖畔で過ごしたのはほんの5分でした。

この5分のために、私は・・・。

 

 

チョルポン=アタからトクマクへ(タクシー?)

もう、私のHPは一桁に近づいています。

なぜこんなことに。

 

その後も運転手はクレイジーな運転を続け、

何度も他の車にぶつかりそうになりながら、10分に1度はクラクションを鳴らされながら走っていきます。

 

イシク=クル国際空港

 

道中、彼が「ここは綺麗」とか「ここは有名」とか思ったらしいスポットで急に車を停め、

私のスマホをぶんどり、私を入れた記念撮影をしてきます。

私は自分の映り込んだ写真は要らないのですが、

スマホには私がよくわからんスポットで立っている写真が10枚、20枚と増えていきました。

 

15時半ごろ、ようやくイシク=クル湖畔から離れ、山あいの道に入ってきました。
美しい草原が続きます。

絶景にすり減ったHPが徐々に回復してきました。

 

 

Apamdyn Kattamasy(休憩)

16時前、またもや店の前で運転手が停まりました。

『停まらなくていいから早くトクマクに行ってくれ』と心底思いました。

 

トクマクまであとちょっとのところのカフェです。

 

また促されるままに翻訳アプリを貸し、

「ここで休憩だ。昼ご飯を食べていなかったからチャイをするぞ。」

とのこと。

いや、昼は謎の民家で食べたでしょ。

 

充電が死亡しかけていたので、

後部座席の荷物から発掘したモバイルバッテリーをつなぎ、

私はコーヒーだけ頼んで、トイレ(20ソム)に向かいました。

トイレから戻ってくると、机の上にはチジミみたいな焼き物が。

普通に美味しそうです。

 

それを運転手が全て手でコマ切れに千切り、私に半分押しやりました。

運転手の、洗っていない手で千切られたチジミ。

申し訳ないですが、正直嫌です。

 

しかし、私は食べました。

ネギが混ざっていて美味しい

2枚くらい食べて『このくらい食べたらもういいだろう』と思い

「もういらない、お腹いっぱいです。ありがとう。」と言いました。

 

すると、

そばに添えてあったドロっとしたヨーグルトみたいな液体にべちゃべちゃに付けたチジミを私に渡し、

「食え」と圧をかけてきました。

 

その液体は酸っぱく、チジミの香ばしさとネギの風味を完全に失わせた挙句に、

「まずい」と思うくらいにダメにしていました。

私はあまりの味わいにまた吐きそうになりました。昼の「キルギスティー」を思い出して気分は最悪です。

何度も何度も、べちょべちょにしたチジミを私に渡してきます。何度断っても無理やり押し付けられます。

私はとうとう、顔面から表情を無くしました。取り繕う気力もなくなっていました。

翻訳アプリを出し、

「私は今日、長い時間飛行機に乗らなくてはいけません。こんなにたくさん食べると、私のお腹が痛くなります。もうすでに胃の調子が悪いです。これ以上食べるのは無理です。」

と、率直に述べました。

するとさすがの運転手も黙り、残りのチジミを袋に詰め、店を後にしました。

 

「コーヒー代を払います」と言うと、「いらない」と断られました。

私は少し申し訳ない気持ちになりつつ、吐き気を抑えながら車に乗り込みました。

 

再びトクマクに向けて走り出しました。

 

途中でガソリンスタンドに寄り、

運転手が私に「金を出せ」とジェスチャーしてきました。

『ボコンバエボで言ってたトクマクまでの400ソムかな』

と思ったので400ソムを渡しました。

 

なんだか不満げです。意味が分かりません。

強制連行されたチョルポン=アタ分も出せということでしょうか。

絶対に出したくありません。

 

そして、ガソリンスタンドから出発し、

道すがら、

「そろそろトクマクだぞ。ビシュケクまで送ってやってもいいぞ。」

と言ってきました。

「いや、トクマクで大丈夫です。ありがとう。」

と私ははっきり断りました。

 

しかし、運転手は引き下がりません。

「どこに寄るって言っていたかな?ブラーノだっけ?そこまで連れて行ってやろう。」

と言ってきます。

『タクシーを探すのも手間だと思っていたし、それは地味にありがたいな』

と思ったのでお願いすることにしました。

 

 

私のGoogleMapに表示されたルート案内を見ながら、

運転手はブラナの塔へ向かってくれます。

 

 

マナス国際空港までの料金

そしてしつこく、私に「ビシュケクに連れて行ってやる」と言ってきました。

この感じはチョルポン=アタの時と同じです。

あの時同様、私が何度断ろうが、どんなに困ろうが強制的にビシュケクへ連行されるでしょう。

 

私は、『せめて安く済んだから良かったかも』という言い訳を自分に残すことにしました。

脳内で、トン村からビシュケクのマナス国際空港までにかかる予定だった金額をはじきました。

 ・トン村→ボコンバエボ 300ソム

 ・ボコンバエボ→トクマク 350ソム

 ・トクマク⇔ブラナの塔 1500ソム(現地の人は乗り合いで片道100ソム以下みたいですが観光客だと1タクシー1500ソム以上が普通みたいです)

 ・トクマク→ビシュケク 80ソム

 ・ビシュケク→マナス国際空港 70ソム(タクシーだと500ソムくらい)

 ・・・合計 2,300ソム(支払い済みを引くと、2,300-700=1,600ソム)

 

金額の交渉があるとして、はじめは少なめでいくか、と思い、

「ブラナの塔からマナス国際空港まで送ってもらえるなら1,000ソム支払います。それでいいですか?」

と運転手に翻訳アプリ経由で尋ねると、

「私は空港まで行きます。大丈夫。」

という返事が来ました。

「私を空港まで連れて行くなら、私はあなたに1000ソムを支払います。この金額で大丈夫ですか?」

と不安だったのでもう一度少し文言を変えて言いなおしました。

するとまた

「大丈夫。空港まで行きます。」

と。

1,000ソムでいいの?と思い、「1,000ソム、OK?」とさらに聞き直します。

ビシュケク、空港、行きます」

とのこと。返事が微妙なとこをつきすぎて、理解しているのかよくわからないが。

『まさか・・・払いすぎたかな』と思いつつ、

交渉もせずに1,000ソム(支払い済み分を含めて合計1,700ソム)で決着しました。

 

 

そうこうしつつ、

また道端でヒッチハイクしている女性を載せて、ブラナの塔近くで降ろしたりしつつ、

気付けばブラナの塔に到着していました。

 

 

ブラナの塔【世界遺産

17時過ぎ、予定より7時間オーバーでブラナの塔に到着。

ブラナの塔前の駐車場に車を停め、

日が傾いてきたけどまだ明るいうちにどうにか来れました。

それだけは良かったです。

 

運転手に「30分くらいで戻ってくる」と言って、塔へ向かいます。

 

塔までの道すがら、ユネスコの看板が立っていました。

 

たまに英文の解説板があるものの、ほぼキルギス語とロシア語のみ。

塔に向かう途中にも遺跡っぽいものがありましたが、何なのか不明。

 

私は運転手にばれないようにこっそりバッグがらミラーレスカメラを取り出しました。

彼はついてこないはずなので、念願のブラナの塔では綺麗な写真が撮りたかったのです。

しかし、彼は興味からか、しれっと私の後をついてきていました。

そして遺跡を撮っていた私の背後からカメラを分捕り私の撮影を始めました。

最悪です。彼にカメラが見つかってしまいました。

 

私の写真なんていらないのに。風景を撮らせてくれ。

私の了解もなく分捕るな。

さすがに腹の立った私は、翻訳アプリで言いました。

「私は風景が撮りたい。私の写真はいらないです。」

と。

運転手は、意味が分からない、という顔をし、分捕ったカメラで相変わらず私の写真を撮っています話が通じません。

 

ここは何年も前から私がずっと来たかった場所なの!!

頼むから好きにさせて!!!

と消耗しきっていた私は脳内でキレました。

しかし、ここから空港まで送ってもらわなければなりません。私は穏便に対応しました。

 

運転手にしつこくしつこくジェスチャーし、カメラを取り返しました。

彼の指紋でべたべたに汚れたレンズを布で綺麗に拭き、レンズカバーを付け、

足早に彼の近くから立ち去りました。

 

夕方近いので完全な逆光です。

昼に来る予定だったのに・・・。

 

整備された道を抜け、ブラナの塔が開けたところにあるチケット売り場で、

入場料の250ソムを支払いました。

『高いな!』と思ったら、

入場チケット代わりなのかブラナの塔関係っぽい柄の切手を3枚くれました。

ここでも運転手はチケット代を支払わずに入場していました。なんというヤクザ。

 

足早に右手にある石人(石像)の区画へ向かいます。

 

 

突厥の石人

いっぱいいる!!!

落ち込んだ気分が上がってきました。

 

でも、逆光です。顔が見えにくいのです。

またちょっと落ち込みました。

 

この日のかかり具合でも顔までくっきりな石人を探してうろうろ。

 

居ました!

これは、「砂漠と草原の遺宝」という本に書かれていた通りの「盃を持った像」です。

 

本によると、突厥の墳墓の近くにはこういう石人が建てられる場合があり、

石人は全てその墳墓に埋葬されている人物が倒した敵を模している、という説と、

敵の像もあるが「盃を持った像」に関しては埋葬者自身である、という説、

があるらしいのです。

 

うーん、この人も盃を持っているような気がする。。

 

この石人像たちはどこかから集められたんだろうか。

あまりにも毛色が違う装飾のものが一緒くたに並んでいるのが気になります。

 

さらに奥には丸い円盤状の石も。

・・・真ん中の穴から草が生えています。

 

ミクロネシアの石貨を思い出しました。あのヤップと言われる石貨は日比谷公園にしれっとあるらしいですね。

 

 

アラビア文字?なんなのでしょう。

 

さて、満足したのでブラナの塔に登りに行きます。

塔の途中にあるテペっぽい遺跡に登ってみました。

 

テペといえば、

いつかトルコのキョベクリ=テペに行きたいんだよなぁ。

アニ遺跡にも行きたいんだよなぁ。

 

景色が良い!

 

石人たちと、奥になぜかあるバスか電車かの放置車両。。

世界遺産なのに、これでいいのだろうか。

 

ブラナの塔

塔まで行くと、運転手(右上のおじさん)が待っていました。。

さっきまで幸せだったのに(笑)

 

しかし、すごいレンガ装飾です。

 

近くに寄ってみると↑こんな感じ。すごい。

 

この螺旋階段を上り、入口を入ると。

 

真っ暗。

スマホライトで照らしながら、すれ違うことが不可能な狭さの急すぎる階段を上っていきます。

 

途中の明かり取りの窓。窓はあるけどほぼ真っ暗。

 

こんな感じの階段を1~2分くらい登ると、頂上です。

頂上とは言っても、

本当はもっと高かったらしいのですが、ずいぶん前に上の方が崩落して今の高さになってしまったとか。

 

この出入口、今見ても狭いですね。

 

みなさん、

降りるときに下に「おーい!降りるぞー!!」的な声掛けをして、「いいよ!」という返事が来たもしくは何も返事が無かったら降りる、

というやり方でやりくりしていました。

 

いい景色。

 

崩落したはずなので、この床面や壁は一部が後世の後付けなんでしょうね。

 

上の方のレンガはモルタルが雑だしサイズ感が違うので後付けかな。

レンガひとつひとつに名前が落書きされています。世界遺産なのに・・・(笑)

 

さっき登ってきたテペに子ども達の集団がわーっと走り登っていきました。元気。

 

17時40分ごろ、本当はもっとゆっくり見たかったんですが、、

30分程度の滞在でブラナの塔を後にしました。

 

近くに展示館があるみたいなのでそこも行きたかったんですが。

運転手に30分で見終えるといった手前言い出せず(笑)

やっぱり、こういう好きな遺跡に来る時は気兼ねない普通のタクシーがいいな。

 

 

トクマクからビシュケクへ(タクシー?)

20分ほどでブラナの塔からトクマクに戻ってきました。
ここからはひたすらビシュケクへ移動。

 

と思ったら、また運転手が人を拾い始めました

しかも特に説明もせず「この車はビシュケクに行くぞ」と言って拾っていくようです。

 

乗り込んだ客が運転手に「ビシュケクの〇〇で降ろして」と言うと、

「ヤパーニャを案内してるんだ。そこには寄れない」とか言っている気配がします。

毎回運転手が「ヤパーニャうんたらかんたら」と言っては、

客がちょっと怒って「じゃあいいよ、その辺で降ろして」という繰り返しが3回くらいありました。

 

朝からずっとこの運転手は日本人へのイメージを悪くするキャンペーンでも行っているんでしょうか。それともただの銭ゲバなのか。

 

流石の銭ゲバ運転手も客を拾うのをあきらめたようです。何度かそれを繰り返し、とうとう客を拾うのを止めました。

乗った客も迷惑だろうからよかったです。

 

市内に近づくにつれ、交通量も増え、

急な車線変更、信号待ち時に反対車線から追い抜き、クラクションを鳴らしまくって割り込んだと思ったらすぐに曲がる、

などの最悪な運転をするこの運転手は、

5分おきにクラクションを鳴らされています。

 

スーパークレイジーな運転すぎて疲弊し、HPが5くらいになってきました。

 

 

途中で寄ったガソリンスタンドで、

また運転手は私に「金をだせ」とジェスチャーしてきました。

私は「これは空港までの分です。」と言いながら、1,000ソムを手渡しました。

すると、違う違う、というジェスチャーをしつつ、うーんと悩み、まぁいいか、的に受け取る運転手。

 

ガソリン代+1,000ソムが欲しかったのか、それとも「そんなにいらないよ」、と言いたかったのか。いまだに不明です。

 

 

ビシュケク地獄の撮影会

19時過ぎ、

もう10時間もこの運転手と一緒です。

 

我々はとうとうビシュケクまでやってきました。

 

『もう空港だ。この地獄からもおさらばだ。お疲れ様、私。』とか若干気持ち悪いことを思っていた時、それは起こりました。

 

運転手が急に、モスクの前で車を停めたのです。

「出ろ!」とジェスチャ―してきます。そして「貸せ!」とまた私のカメラを奪いました。

 

『まさか!!いらない、そんなサービス精神!!!!』と絶望しました。

どうやら、ここから

「私のため」と銘打った、

まさに彼の彼による彼のためのビシュケクの観光が始まるようです。

 

 

セントラルモスク

何の解説もないまま、モスクの前に立たされ、写真を10枚以上撮影されました。

後から調べたら、「セントラルモスク」と呼ばれている、トルコ政府の援助で建てられた中央アジア最大のモスクのようです。

疲れて突っ立っていると、「あっちを向け」、「こっちを見ろ」と動きを要求されます。

 

 

神からの電話

そして、彼がトイレに旅立った時、また神から連絡が来ました。

ボコンバエボのCBTスタッフの方からの電話です。

どうやらまだ心配してくれていたようです。なんていい人なんだ。

これが本当のサービス精神でホスピタリティなんだよ!!!

 

「こんにちは。今はどこかな?大丈夫?」

の声に、疲弊していた私は半泣きになりました。

 

「大丈夫です。結局、タクシーの運転手に空港まで送ってもらうことになって、今ビシュケクまで戻ってきました。ブラナの塔も行けました。気にしてくれてありがとうございます。」(私)

「そうなんだ、良かったよ。今ビシュケクなら安心だね。空港までずっと乗せて行ってくれるなら「よかった」と思ったらいいからね、大丈夫。」(CBTの人)

「そうですね。ありがとう。そういえば、結局、トン村からブラナの塔経由で空港まで合計1,700ソムでした。」(私)

「それは、専属のタクシーで行けたと考えるとものすごく安く済んでいるよ、良かったじゃないか。君はラッキーなんだよ、そう思うことにしよう。」(CBTの人)

 

なんという優しさでしょう。

彼は私に「いい経験だったなぁ」と思って、これをポジティブにとらえてほしいと一生懸命に諭してくれています。

私の疲弊っぷりが声から伝わっている様子。申し訳ない。。

 

CBTの人が「運転手に代わって」というので、トイレから戻ってきた運転手に電話を渡しました。

CBTの人は「今どこ?」と尋ねたようです。運転手は「セントラルモスク」と言っていました。

 

30秒くらい話をして、会話は終了したようです。

恐らくCBTの人は「セントラルモスク」という運転手の回答から「この人、また連れまわしてるな・・・」と思ったのでしょう。

「ちゃんと早めに彼女を空港まで連れて行くんだよ。彼女は今日の夜の飛行機に乗るんだからね!」的なことを伝えてくれたっぽい。

優しすぎる。親切すぎる。。

 

ボコンバエボのCBTの人はめっちゃいい人なので、ぜひ立ち寄ってみてください。

私の救いの神です。

 

 

電話後、車に戻っているときにあった売店で、運転手はショロを買ってくれました。

 

CBTの人のお陰で心が少し落ち着いてきた私は、

『優しいといえば優しいんだよな。。チョイスが絶望的なだけで。』

と思いつつ、

見た目が絶望的な、冷たいお陰でぬるいよりはちょっとましな、

口に合うかと言われれば全く合わない200ml近いショロを一気飲みしました。

 

一気飲みの過程で袖にショロがかかり、袖がショロ臭くなるという事件が起きましたが、

そもそもタバコ臭いのでショロ臭いくらいもうどうってことないわけです。

私はタバコ臭いまま仁川までを過ごさなくてはいけないのですから。

 

 

プロシャジ・ポビェディ(勝利の広場)

おじさんはまた、謎の広場前に路駐し、私からカメラ↑を奪って歩き出しました。

 

なぜか近くにいたフランスからきた観光客を私の隣に並ばせ、記念撮影。

 

そしておじさんも一緒に混ざり、

今度は他の観光客におじさん・フランス人観光客・私のスリーショットを撮影させています。

「撮って」とジェスチャーされた観光客も困惑顔。この即興メンツなんなの?と思っているようです。

 

で、この公園はなんなんだ。

 

名前からすると、第二次世界大戦とかの戦勝記念公園でしょうか。

 

ドストックは友情という意味だったような。フォントがかわいいですね。

・・・と現実逃避に走りました。

 

 

オークパーク

次に路駐で連れて行かれたのは、広い公園。

色鉛筆のモニュメントがシュール。

 

よくわからないが、有名な公園なんでしょう。

 

 

ホワイトハウス(運転手談)

この建物を指さしながら、運転手が「ホワイトハウス」を連呼していたので、

恐らくキルギスの大統領府なのでしょう。

 

ここのアーケードがかっこよかったです。

綺麗。

 

 

アラ=トー スクエア

夕暮れ時で良い感じに逆行です。

マナス像かな。

 

 

 

パンフィロフ・パルキ(遊園地)

よくわからない遊園地っぽいところの前で路駐。

ラクションを鳴らされまくりながら路駐しました。

交通量が多すぎて車から出るのも一苦労です。危ないのでやめてほしい。

 

観覧車の見える場所に立たされ、記念撮影。

 

もはや何を撮りたいのか、

これは果たして日本に帰って見せて「わぁ!素敵な所ね」と言われる可能性がある場所なのか

私にはもうなにがなんだかわからなくなってきました。

 

 

近くのこの博物館っぽい壁画の道路向こうからも記念撮影。

だから、これは何の施設なんだ・・・。

 

 

スパルタク・スタジアム(多分)

お次は、また路駐して、謎の施設に入っていきます。

 

かなり荒廃していますが、スタジアムのよう。

子ども達が楽しそうに遊んでいます。

 

「ここに立て!」

と↑画像で子供達が居る場所に立たされ、重機と記念撮影。

 

これは国立競技場みたいな扱いでしょうか。国立競技場で写真撮影したいのはその国民だけだと思います。

私は違う。日本の国立競技場でも記念撮影なんてしたことないです。でも甲子園だとしそうな気もする。

 

 

キルギス国立大学

ここはどこ。と思いながら記念撮影。

調べたところ、国立大学とのこと。はぁ、そうですか。

 

 

どんどん撮影場所がマニアックかつ意味不明になってきたところで、ようやく地獄の記念撮影会は終了しました。

8か所を30分で回るという、お急ぎツアーであっても客に怒られそうな内容です。

 

この日、運転手に撮られた私の写真はゆうに100枚は越えていました。

帰国後、家族に笑いながら見せた後、写りのいいものを5枚くらい残して全部消しました。

ありがとう運転手さん。家族への土産話になりました。

 

 

マナス国際空港

運転手はまたもや、空港入口のバー(入場料支払い機)でやってくれました。

 

支払い機の「呼び出しボタン」を連打

コール音が鳴っていますが、スタッフらしき人の返答はなし。

運転手はまた「ヤパーニャうんたらかんたら」を口に出しています。

あれです。「日本人を案内してきたのだから、無料で中に入れろ」です。

空港でもやるのかよ、勘弁してくれ。

 

「いや、払うから。40ソム出すから、いいから、もういいから!」と私も必死に抵抗します。

しかし、私の40ソムは絶対に受け取らず、とにかくボタンを連打し続けました。

さすがにキルギスの空港だけあって、運転手が何度押しても誰も出ませんでした。

これ以上日本人の品位を落とされてはたまりません。助かりました。

 

しかし、1つのバーを運転手が占領し、呼び出しボタンを連打してわめいている間に

もう1つのバーを通って行ったタクシー運転手達には聞こえていたかもしれません。あーあ。

 

結局運転手は40ソムを自分で支払い、駐車場に入りました。

 

後部座席から取り出したお土産たっぷりのバックパックには、

見事なまでに靴形が何個もついていました

そう、運転手がビシュケクまでの道中に載せようとした人々が、私の後部座席に置きっぱなしで座るのに邪魔だった荷物を足蹴にしたわけです。

途中で乗客満載になった時に感じた不安が的中しました。

きっとお土産も柔らかいものはつぶれたでしょう。最悪です。

 

そして車から降りた私に熱い抱擁を求めてきます。

私はしぶしぶ抱擁しました。しかし、絶対に頬は摺り寄せませんでした。断固としてそんなことはしない。

 

キルギスの人はアジア人女性はちょろいとでも思っているんでしょうか。やめてほしい。

結局最後まで私のビシュケクでの思い出は最悪なままでした。

 

 

そして無事に別れたのち、

搭乗予定時刻の4時間前、21時40分に無事に空港に到着しました。

 

ビシュケクでお土産を買う暇はありませんでした。

空港で余ったソムをお土産に変えようと思います。

・・・と思っていたら、土産物店は全部閉まっていました。

 

そして、空港の椅子で一息つき、CBTのスタッフの人にお礼メッセージを送りました。

「お世話になりました。あなたの助けのお陰で、無事にマナス国際空港に辿り着きました。ありがとう。本当に助かりました。ありがとうございました。」

と、とにかくお礼を並べて感謝の念をアピール

本当に助かりました。

 

後はチェックインして、仁川経由で日本に帰るだけです。